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贄婚〜番殺しの花嫁〜
贄婚〜番殺しの花嫁〜
مؤلف: 藤咲だいふ

第1話 花嫁-1

مؤلف: 藤咲だいふ
last update تاريخ النشر: 2026-10-21 12:46:44

「お前の棺を用意した」

それが、婚礼の日に父から贈られた最初の言葉だった。

目の前には純白の花嫁衣装と、それによく似た色の棺が並べられている。

「……お父様。私は、結婚するのではなかったのですか?」

「当たり前だろう。この棺は、ヴァルガ王国までお前を運ぶためのものだ」

父は私の顔を見ようともしなかった。

「ですが、私は……まだ生きています」

「そうでなければ困る。生きたまま届けるよう、先方から要求されているからな」

その言葉に、私は唇を噛んだ。

今日は、私の婚礼の日。エルシア王国の第三王女として、北方の大国ヴァルガへ嫁ぐ。

相手は、赤い瞳を持つと言われる異国の王。数々の戦場で勝利を収め、周辺諸国を屈服させてきたという、恐ろしい男。

「……生きたまま、棺に入るのですか?」

父からの返答はない。その沈黙は、肯定以外の何ものでもなかった。

たとえ嫁ぎ先が恐ろしい異国の王のもとであっても、せめて花嫁として美しい衣装をまとい、誰かに見送られて旅立ちたかった。

けれど、私に用意されていたのは祝福でも花嫁衣装でもなく、一つの白い棺だった。

「……普通の馬車では、いけないのでしょうか」

勇気を振り絞って尋ねると、父の手が止まった。

「シェリア」

低い声に、背筋が強張る。

「お前は、ようやく国の役に立てる機会を得たのだ。つまらぬことで手間を取らせるな」

「……申し訳ございません」

私は頭を下げた。

「首を出せ」

父の命令に、私は顔を上げた。

侍女が銀色の首輪を持って近づいてくる。

細かな紋様が刻まれた、美しい首輪だった。

ただ、内側には小さな棘のような突起が並んでいる。

「……これは?」

「お前を守るためのものだ」

父が答えた。

「ヴァルガは野蛮な国だ。王がどのような振る舞いをするか分からん。護身の術式が刻まれている」

「……そうなのですね」

私は少しだけ安心した。父は、私を守ろうとしてくれている。

侍女が首輪をはめる。

かちり、と金属音がした。

その瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。

「……っ!」

思わず肩が跳ねる。

「動かないでください、姫様」

侍女が私の肩を押さえた。

「すぐに馴染みますから」

首輪の内側が熱かった。

皮膚の下に、何かが染み込んでいくような感覚。

けれど、しばらくすると痛みは消えた。

私は恐る恐る首元に触れた。

「……外しては、いけないのですか」

「当然だ」

父が立ち上がる。

「ただし、向こうの王が外そうとしたなら、逆らうな」

私は不思議に思った。

守るための首輪なのに、なぜ王が外すのなら構わないのだろう。

けれど、質問する勇気はなかった。

父は私の前に立つと、顎を持ち上げた。皺だらけの冷たい指先が頬に触れる。

「よく聞け、シェリア」

「……はい」

「向こうの王がお前に触れれば、すべてが終わる」

「……終わる?」

「お前の役目は果たされる。それだけだ」

父の瞳には、私への愛情も、別れを惜しむ気持ちもなかった。

ただ何かを待ち望むような、奇妙な光が宿っていた。

「……お父様」

私は小さく尋ねた。

「私が嫁いだあと、いつか……この国へ帰ることはできますか」

父は、鼻で笑った。

「帰る必要などない」

胸の奥が、きゅっと縮んだ。

「お前はもう、エルシアの人間ではないのだから」

棺の中は、思っていたより狭かった。

白い絹が敷き詰められていたけれど、背中には硬い木の感触が伝わってくる。

私は両手を胸の上に重ね、天井を見つめた。

棺の蓋が閉められようとしている。

「……待ってください」

思わず声を上げた。

侍女の手が止まる。

「何でしょうか」

「少しだけ……隙間を開けていただけませんか」

情けないお願いだと分かっていた。

けれど、どうしても怖かった。暗い場所は、昔から苦手だった。

「……申し訳ございません」

侍女は目を伏せた。

「国王陛下のご命令です」

私は唇を噛んだ。

「……分かりました」

取り乱してはいけない。エルシアの王女なのだから。

私は震える指を握りしめた。

「お願いします」

蓋が閉まる。

光が細い線になり、やがて消えた。

すべてが暗闇だった。目を閉じても、開けても、同じ暗闇。

胸が苦しくなる。

息を吸っても、空気が足りない気がする。

「……大丈夫」

小さく呟く。

「大丈夫よ、シェリア」

自分に言い聞かせるように、何度も繰り返した。手の甲をつねり、正気を保つ。

棺の外から、父の声が聞こえた。

「傷一つつけずに届けろ」

父が、私の身体を案じてくれている。

ほんの一瞬、そう思った。

「王に触れさせるまでは、死なれては困るからな」

なぜ私は、いつまでも父の愛情を期待してしまうのだろう。

私は棺の中で、声を殺して泣いた。

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