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「お前の棺を用意した」
それが、婚礼の日に父から贈られた最初の言葉だった。 目の前には純白の花嫁衣装と、それによく似た色の棺が並べられている。 「……お父様。私は、結婚するのではなかったのですか?」 「当たり前だろう。この棺は、ヴァルガ王国までお前を運ぶためのものだ」 父は私の顔を見ようともしなかった。 「ですが、私は……まだ生きています」 「そうでなければ困る。生きたまま届けるよう、先方から要求されているからな」 その言葉に、私は唇を噛んだ。 今日は、私の婚礼の日。エルシア王国の第三王女として、北方の大国ヴァルガへ嫁ぐ。 相手は、赤い瞳を持つと言われる異国の王。数々の戦場で勝利を収め、周辺諸国を屈服させてきたという、恐ろしい男。 「……生きたまま、棺に入るのですか?」 父からの返答はない。その沈黙は、肯定以外の何ものでもなかった。 たとえ嫁ぎ先が恐ろしい異国の王のもとであっても、せめて花嫁として美しい衣装をまとい、誰かに見送られて旅立ちたかった。 けれど、私に用意されていたのは祝福でも花嫁衣装でもなく、一つの白い棺だった。 「……普通の馬車では、いけないのでしょうか」 勇気を振り絞って尋ねると、父の手が止まった。 「シェリア」 低い声に、背筋が強張る。 「お前は、ようやく国の役に立てる機会を得たのだ。つまらぬことで手間を取らせるな」 「……申し訳ございません」 私は頭を下げた。 「首を出せ」 父の命令に、私は顔を上げた。 侍女が銀色の首輪を持って近づいてくる。 細かな紋様が刻まれた、美しい首輪だった。 ただ、内側には小さな棘のような突起が並んでいる。 「……これは?」 「お前を守るためのものだ」 父が答えた。 「ヴァルガは野蛮な国だ。王がどのような振る舞いをするか分からん。護身の術式が刻まれている」 「……そうなのですね」 私は少しだけ安心した。父は、私を守ろうとしてくれている。 侍女が首輪をはめる。 かちり、と金属音がした。 その瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。 「……っ!」 思わず肩が跳ねる。 「動かないでください、姫様」 侍女が私の肩を押さえた。 「すぐに馴染みますから」 首輪の内側が熱かった。 皮膚の下に、何かが染み込んでいくような感覚。 けれど、しばらくすると痛みは消えた。 私は恐る恐る首元に触れた。 「……外しては、いけないのですか」 「当然だ」 父が立ち上がる。 「ただし、向こうの王が外そうとしたなら、逆らうな」 私は不思議に思った。 守るための首輪なのに、なぜ王が外すのなら構わないのだろう。 けれど、質問する勇気はなかった。 父は私の前に立つと、顎を持ち上げた。皺だらけの冷たい指先が頬に触れる。 「よく聞け、シェリア」 「……はい」 「向こうの王がお前に触れれば、すべてが終わる」 「……終わる?」 「お前の役目は果たされる。それだけだ」 父の瞳には、私への愛情も、別れを惜しむ気持ちもなかった。 ただ何かを待ち望むような、奇妙な光が宿っていた。 「……お父様」 私は小さく尋ねた。 「私が嫁いだあと、いつか……この国へ帰ることはできますか」 父は、鼻で笑った。 「帰る必要などない」 胸の奥が、きゅっと縮んだ。 「お前はもう、エルシアの人間ではないのだから」 棺の中は、思っていたより狭かった。 白い絹が敷き詰められていたけれど、背中には硬い木の感触が伝わってくる。 私は両手を胸の上に重ね、天井を見つめた。 棺の蓋が閉められようとしている。 「……待ってください」 思わず声を上げた。 侍女の手が止まる。 「何でしょうか」 「少しだけ……隙間を開けていただけませんか」 情けないお願いだと分かっていた。 けれど、どうしても怖かった。暗い場所は、昔から苦手だった。 「……申し訳ございません」 侍女は目を伏せた。 「国王陛下のご命令です」 私は唇を噛んだ。 「……分かりました」 取り乱してはいけない。エルシアの王女なのだから。 私は震える指を握りしめた。 「お願いします」 蓋が閉まる。 光が細い線になり、やがて消えた。 すべてが暗闇だった。目を閉じても、開けても、同じ暗闇。 胸が苦しくなる。 息を吸っても、空気が足りない気がする。 「……大丈夫」 小さく呟く。 「大丈夫よ、シェリア」 自分に言い聞かせるように、何度も繰り返した。手の甲をつねり、正気を保つ。 棺の外から、父の声が聞こえた。 「傷一つつけずに届けろ」 父が、私の身体を案じてくれている。 ほんの一瞬、そう思った。 「王に触れさせるまでは、死なれては困るからな」 なぜ私は、いつまでも父の愛情を期待してしまうのだろう。 私は棺の中で、声を殺して泣いた。「……あの棺を調べろ」同じ頃、ゼルハンは執務室でカイルに命じていた。「棺、ですか?」「ああ。シェリアを運んできた、あの白い棺だ」カイルは眉をひそめた。「問題は、陛下が外された首輪にあったのでは?」「首輪だけで、これほどの呪いが完成するとは思えん」ゼルハンは袖をまくった。褐色の腕には、黒い筋が幾重にも浮かび上がっている。昨夜よりも、確実に広がっていた。「エルシア王は、なぜ娘を棺に閉じ込めた」「……敵国へ嫁がせる娘に対する、嫌がらせでは」「それだけなら、もっと簡単な方法がある」ゼルハンは低く答えた。「わざわざ棺を造り、五日間も生きたまま運ばせた。何か理由があるはずだ」カイルは黙り込んだ。「宮廷魔術師に調べさせろ。棺の内側も、金具も、敷かれていた布も、すべてだ」「承知いたしました」カイルは一礼しかけ、ふと思い出したように顔を上げた。「……陛下」「何だ」「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」「言え」「なぜ、あの王女だったのです」ゼルハンの手が止まった。「エルシアには、ほかにも姫君がいると聞いております。和平の条件として、陛下はなぜ第三王女を指名なさったのですか」沈黙が落ちた。ゼルハンは窓の外へ視線を向けた。遠くに連なる山々。その向こうには、かつて何度も剣を交えたエルシアの国境がある。「……必要だったからだ」「それは、番だとお気づきだったからですか」「そうだ」「では、いつから……」「カイル」静かな声だった。けれど、それ以上の質問を許さない響きがあった。「今は、棺を調べろ」「……御意」カイルは深く頭を下げた。扉が閉まる。一人になったゼルハンは、机の引き出しを開いた。中には、古びた一枚の紙が収められている。数年前、エルシアとの外交使節から得た記録だった。そこには、たった一人の公女の名が記されていた。シェリア・エルシア。ゼルハンは、その文字をしばらく見つめていた。※※※昼前まで、私は寝室の寝台で身体を休めていた。リナは食事を運んできてくれたものの、起き上がろうとする私をやんわりと制し、寝台の上で食べるよう勧めてくれた。温かな食事を口にするのは、ずいぶん久しぶりだった。すべてを食べきることはできなかったけれど、食事を終える頃には、朝よりもずっと身体が軽くなっていた。「姫様、もう少
……あたたかい。柔らかな寝具に包まれながら、私はゆっくりと目をこする。薄いカーテン越しに、朝の光が差し込んでいる。ふかふかの枕に頬を寄せると、清潔な布の優しい香りがした。こんなに深く眠れたのは、いつ以来だろう。もう少しだけ、このままでいたい。何も考えず、ただ微睡む。それが、ひどく贅沢なことに思えた。ふと、違和感を覚えた。私の寝台は、こんなに柔らかかっただろうか。私は身体を起こし、あたりを見回した。見上げた天蓋には、見覚えのない繊細な刺繍が施されていた。窓も、家具も、壁の色も、何もかもが、私の部屋とは違っている。「……あ」一瞬にして、眠気が吹き飛んだ。そうだ。ここはエルシアではない。昨日、私はヴァルガ王国へ嫁いできたのだ。白い棺。冷たい銀の首輪。重い蓋が開いたとき、私を見下ろしていた赤い瞳。ゼルハン陛下。「……っ!」私は慌てて身体を起こした。昨夜、あの方は確か、この部屋にいらっしゃったはず。急いで隣に目を向ける。けれど、そこには誰もいなかった。寝台の周囲を見回し、昨夜彼が休んでいた長椅子へ視線を移す。きれいに畳まれた毛布が、一枚。人の姿はなかった。私は寝具を握りしめた。一国の王の寝室で、こんな時間まで眠り込んでしまった。しかも、部屋の主がいなくなったことにも気づかずに。どうしよう。とても失礼なことをしてしまったに違いない。「……落ち着かなくちゃ」小さく息を吐き、乱れた寝具を整えようとした。そのとき、胸の奥がちくりと痛んだ。「……っ」思わず手を当てる。ほんの一瞬の痛みだった。けれど、胸の奥に何かが引っかかっているような、奇妙な息苦しさが残る。私はしばらくじっとしていた。……五日間も棺の中にいたのだから、まだ身体が弱っているのだろう。そう自分に言い聞かせたところで、扉が控えめに叩かれた。「失礼いたします。姫様、お目覚めでしょうか」「はい」入ってきたのは、栗色の髪を結い上げた若い侍女だった。彼女は私を見ると、にこりと微笑んだ。「おはようございます。私はリナと申します。本日より、姫様のお世話を仰せつかりました」「シェリアです。よろしくお願いします」そう言って頭を下げると、リナは驚いたように目を丸くした。「ひ、姫様、どうか頭をお上げください」「え?」「私などに、そのような……」慌てる彼
その夜、私はなかなか眠れなかった。柔らかな寝台。温かな毛布。暖炉の火が、部屋を優しく照らしている。何も怖いものなどないはずだった。けれど、目を閉じると、あの暗闇が蘇る。棺の蓋が閉まる音。息苦しさ。父の冷たい声。見送りにすら来ない兄。『王に触れさせるまでは、死なれては困るからな』「……っ」私は勢いよく目を開けた。心臓が激しく鳴っている。息が苦しい。「……大丈夫」小さく呟く。「ここは、棺の中じゃない……」そう言い聞かせても、身体の震えが止まらなかった。「シェリア」低い声がした。私はびくりと肩を震わせた。寝台の隣に置かれた長椅子から、ゼルハンが起き上がっていた。「……陛下」「眠れないのか」私は答えられなかった。彼はゆっくりと立ち上がる。大きく逞しい身体が近づいて来た。私は反射的に身を縮める。すると、彼は足を止めた。「……近づかない方がいいか」彼は、私が怖がっていることに気づいている。それでも、怒らない。それどころか私を気遣っている。「……申し訳ございません」「謝るな」彼は寝台から少し離れた椅子に腰を下ろした。「ここにいる」「……え?」「お前が眠るまで、ここにいる」私は彼を見つめた。赤い瞳には、暖炉の火を映っている。恐ろしいはずのその瞳が、今は不思議と温かく見えた。「……陛下は、お休みにならないのですか」「俺は平気だ」「ですが……」「シェリア」彼は静かに私の名前を呼んだ。「お前は、もう一人ではない」その言葉を聞いた瞬間。胸の奥に、何かが込み上げた。私は慌てて俯いた。涙が落ちそうだった。こんなに優しくされたことなど、なかったから。「……ありがとうございます」かすれた声で答える。彼は何も言わなかった。ただ、そこにいてくれた。やがて、私はゆっくりと目を閉じた。今度は、暗闇が気にならなかった。すぐそばに、誰かがいる。それだけで、こんなにも安心できるなんて。眠りに落ちる直前。彼と目が合い、ほんの少しだけ微笑んだ。※※※深夜。彼は静かに立ち上がった。寝台では、シェリアが穏やかな寝息を立てている。その頬には、かすかな涙の跡が残っていた。ゼルハンはしばらく彼女を見つめ、その涙を拭おうと手を伸ばした。頬に触れたその瞬間、指先に疼くような痛みが走った。「……っ」反射的に手を引
「陛下、お話がございます」カイルが寝室に入ってきたのは、それから間もなくのことだった。私は暖炉のそばに置かれた椅子に座り、侍女が用意してくれた温かいお茶を飲んでいた。ゼルハンは私から少し離れた場所で、カイルと向き合っている。「何だ」「……お身体のことです」カイルは私をちらりと見た。「できれば、お二人で」その視線の意味は、すぐに分かった。私には聞かせたくない話なのだろう。「私は席を外します」立ち上がろうとすると、ゼルハンが手で制した。「必要ない」「ですが、陛下」「シェリアはここにいればいい」カイルの表情が険しくなる。「……承知いたしました」彼は一度深く頭を下げた。「先ほどの症状ですが、宮廷魔術師に確認させるべきです」「後でいい」「後では遅いかもしれません」ゼルハンの眉がわずかに動いた。「カイル」「陛下。あの黒い紋様は、通常の魔術反応ではありません」私は思わず顔を上げた。黒い紋様。先ほど、彼の腕に浮かんでいたものだ。「……呪術の可能性があります」カイルの言葉に、部屋の空気が張り詰めた。呪術。その言葉は、エルシアでも恐れられていた。人の命や精神を蝕む術。私は思わず首元に手を当てた。そこには、もう銀の首輪はない。けれど、かすかな熱が残っている気がした。「……あの」二人の視線が私に向いた。私は緊張しながら口を開いた。「もしかして……私がつけていた首輪と、関係があるのでしょうか」カイルの目が鋭くなる。「それを、あなたが聞きますか」「……え?」「あなたは、あの首輪が何なのか、本当に知らなかったのですか」その声には、明らかな疑いが込められていた。私は慌てて首を振った。「父からは、護身のためのものだと……」「護身?」カイルが低く笑った。「エルシアの公女は、ずいぶんと奇妙な護身具を使うのですね」「……申し訳ございません」何を謝ればいいのかも分からなかった。けれど、謝ることしかできなかった。「カイル」ゼルハンの声が響いた。「それ以上、シェリアを責めるな」「ですが――」「俺の命令が聞こえなかったか」カイルは口を閉ざした。その表情には、納得できないという感情がはっきりと浮かんでいる。私は膝の上で手を握りしめた。この国の人たちは、私を歓迎していない。当然だった。エルシアとヴ
「陛下!これ以上は危険です!」側近の男が、切迫した声を上げた。ゼルハンの腕には、黒い筋が浮かび上がっていた。それは手首から肘へ、肘から肩へと、少しずつ広がっていく。「私なら大丈夫です。もう歩けますから……!」「……問題ない」そう答える彼の声は、明らかに苦しそうだった。「問題ないはずがありません!」側近の男が一歩踏み出した。「その娘をお離しください。今すぐに!」「黙れと言ったはずだ、カイル」ゼルハンが低く告げる。その声には、逆らうことを許さない威厳があった。カイルと呼ばれた男は、悔しそうに唇を噛んだ。「……御意」けれど、その目は私を鋭く睨んでいた。まるで、私が王に何か恐ろしいことをしたかのように。胸が冷たくなる。やはり、私が原因なのだろうか。私は彼の腕から逃れようと、そっと身体を動かした。「動くな」「ですが……」「落ちるぞ」その言葉と同時に、彼の腕が私の背中を支え直した。黒い筋が浮かんだ腕で。「……っ」彼が小さく息を詰めた。私は動くのをやめた。「申し訳、ございません……」「謝るな」短い返事だった。彼は私を抱えたまま、城の奥へと歩き出した。※※※ヴァルガ王城は、私が育ったエルシアの王宮とはまるで違っていた。高い天井。黒い石で造られた太い柱。壁には、戦場を描いた巨大な絵画が飾られている。窓の向こうには、王都テナンの街並みが広がっていた。赤茶色の屋根が幾重にも重なり、その先には雪をいただいた山々が見える。美しい景色だった。けれど、私にはそれを眺める余裕がなかった。ゼルハンの腕に浮かんでいた黒い筋が、まだ消えていない。彼は何事もなかったかのように歩いている。けれど、時折、呼吸がわずかに乱れるのが分かった。「……陛下」「何だ」「お身体は、本当に大丈夫なのでしょうか」彼は私を見下ろした。「心配しているのか」「もちろんです」思わず答えると、彼が少しだけ目を見開いた。私は慌てて言葉を続けた。「その……陛下に何かあれば、両国の和平にも関わります……」「……そうか」なぜか、彼の声が少し低くなった気がした。私は余計なことを言ってしまったのだろうか。彼はそれ以上何も言わず、長い廊下を進んだ。やがて、大きな扉の前で足を止める。「開けろ」控えていた兵士が、慌てて扉を開いた。その先に
けれど、彼の指は驚くほど慎重だった。首輪の留め具に触れる。「少し痛むかもしれんが、耐えろ」「……え?」「痛みで動くと危ない。少しの間じっとしていろ」そう言うと、彼は私の身体をそっと引き寄せた。逞しい腕が背中に回り、私は彼の厚い胸板に抱き込まれる。「……っ、陛下?」「怖がるな。お前を傷つけたりはしない」大きな手が後頭部を包み、首輪に触れないよう慎重に私の頭を支えた。「痛ければ俺の服を掴んでいろ。だが顔は動かすな」私は小さく頷き、震える指で彼の衣服を握りしめた。「そのままでいろ」次の瞬間、首元に鋭い痛みが走った。「……っ、あ!」反射的に身体が跳ねかけるが、彼の腕が私の身体を抑えつけた。「シェリア、動くな。あと少しだ」耳元に響く低い声に、私は必死に正気を保つ。痛い。動けない。怖い。なにが起きているのか、わからない。それでも彼に縋るしかなかった。胸元に額を寄せ、衣服を握る指に力を込める。「……そうだ。もう少しだ、よく耐えている」次の瞬間、金属が砕ける音がした。首元が急に軽くなる。彼は外した首輪を床へ投げ捨てた。銀の輪が石床を転がり、甲高い音を立てる。「二度と、こんなものをつけるな」吐き捨てるように彼は言った。痛みが引いたことに安堵し、私はようやく息を吐く。「……ですが……父が、外してはいけないと……」「これからは俺の言葉に従うんだ」強い口調だった。無意識に肩が震えた。彼はそれを見て、わずかに眉を寄せた。「……脅すつもりはない」不思議な言葉だった。これほど恐ろしい顔をした人が、私を脅すつもりはないと言うなんて。「立てるか」「はい」答えてみたものの、膝が震えていた。棺に長く入っていたからだろうか。彼は私の足元を一瞥する。そして、何の前触れもなく私を抱き上げた。「きゃっ……!」情けない声が出た。私は慌てて彼の肩に両手をまわす。「お、下ろしてください、自分で歩けます!」「歩けていない」「それは……長い移動で、少し足が痺れているだけで……」「ならば、なおさらだ」彼は私を抱えたまま歩き始めた。私を軽々と抱き上げる腕も、身体を支える厚い胸板も、何もかもが自分とは違っていた。意識した途端、息が詰まりそうになる。周囲がざわめきはじめた。「陛下が……」「まさか、あの人間を……」私は恥ずかしさ







